弱肉強食
とはいいますけど弱いもん食おうとは思ってるつもりない強引な強者の論理。
自分の居場所を努力して努力して努力してつくりあげてきた人たちは、その"used to"の部分に絶大なる自信と誇りがあって存在の確保ができてる。
でも現代の日本でそれができず苦しみ、苦しみすらも忘れてしまった人たちがどれほどいるんだろうか。
このごろその存在価値感覚の格差を感じることがすごく多い。
私の身近なひとたちは大抵において強者だけれど・・・
だからこそ、もがくことすらできなくなった人たちに、烏滸がましいかもしれないけれど、一筋の光を提案することくらいは、末端でしていきたい。
なにかのきっかけで、眼が開くかもしれない。
社会を変えるとか、世界を変えるとか、大それた部分に対する取り組みも、もちろん放置せず参加していくべき部分だけど。まずは自分の目が届く範囲のひとたちを。両手を広げてはぐできる内側にいるひとたちを。苦しくない日常を送れるように。私にだってできることがいくらでもあるはずなんだって。
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